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能とロスコの作品は似ている。

 

西洋美術の歴史のなかでも、偉大な作家として名を残しているマーク・ロスコ

 

対して、650年以上の歴史がある日本の伝統芸能・能。

 

一見すると共通点が見当たらない気がする2つの芸術。

ですがどちらも、かなり濃厚に《死者》の気配がするという意味で似通っているのです。

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わたしは能を生で観たら十中八九、泣きます。
そしてロスコの作品の前では、ものすごく胸が締め付けられて苦しくなる。

 

能の世界の主人公は、波乱の時代のなかで無念の死を遂げた人々の霊たちである。

 

そしてロスコの作品の中には、第二次世界大戦で亡くなっていった人々への思いが詰まっている。

 

だからどちらにも、ものすごく苦しくて悲しい気持ちが漂っている。

ものすごく抽象度が高い作品で、その精神性は深くて、重い。

 

「わたしは殺したくて人を殺したわけではない!」
「わたしだって死にたくて死んだわけではない!」

 

そんな思いのなかで、生者と死者は紙一重のところで別々の世界へ行く。

 

だけど、
別々の世界へ行ってもなお、気持ちの面で人を殺めたこと・大切な人を失ったことの折り合いをつけるのはとてつもなく大変なことだ。

 

そんな苦しい思いを抱えている人がたくさんいるから、
能という限りなく《供養の儀式》に近い芸術が生まれ、600年以上の歴史を超えて育てられてきた。

 

そしてロスコも。

 

そんな苦しい思いをたくさん抱える人の存在を知っていたから、
《祈り》にほど近い作品を作ったのだろうなと。

 

困難な時代に生まれる芸術は、本当に胸をつく切実さがある。

 

そしてわたしのなかでは、
現在進行形のこの21世紀は、能やロスコの作品が本当の意味で理解される余地のある切実な時代だとも思う。

 

(能を一緒に鑑賞してみたいっていう方がいたら、ぜひ一緒に行きたいです。

能とアートの親善大使みたいな?そんな役目を担いたい。)

カプーアの作品と《縁側》ってすごく似てる気がした。

わたしはもう7年前から屋外で絵を描く習慣があるんですが、この間、未だかつてなく新鮮な体験をしました。

 

いま絵を描いている場所には縁側があって、そこから景色を描いてたんです。

 

で、ある日、雨が急に降ってきて、風も強いから絵は雨に濡れてしなしなに。

でも、屋根があるからズブ濡れにはならない。

結果、描き続けることができるんです。

今までは、全く屋根のない【完全なる屋外】で描いてたので、雨が強くなるともうお手上げ。

 

途中で引き上げてしまっていました。
(さすがに絵を再起不能にすることは憚れるので…笑。)

 

だからこそ、今回の縁側での経験はかなりの衝撃だったのです。

 

半分屋内、半分屋外、っていう中途半端な場所、縁側。

でも、その半端なもののおかげで、わたしは安全な場所からめまぐるしく変化する自然を観察することができ、また絵として記録することができる。

 

そう気付いたとき、
「縁側を発明した人、サイコーじゃん!」って思った。

 

アーティストってのは、内と外を繋いだり、生と死を繋いだり、この世とあの世をつなぐ触媒みたいな存在。

 

そう考えると、縁側を発明した人は間違いなくアーティストだよなあ。

わたしも、異なる2つの世界を繋ぎ止める芸術家でありたいです。

 

(この経験から、ふとアニッシユ・カプーアのことが思い出されました。

 

彼の作品は、何とも的確に異なる2つの世界を繋いでいて、観ていると禅問答のような深い感覚に陥ります。

 

いま、バスハウスで個展やってるんだよね〜。早く観たい!!)

 

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テーマとコンセプトの違い、言えますか?

 

今日は、ひょんなことで繋がった芸大油画一年生の女の子がわたしの家を訪ねてくれた。

 

久々に若い世代の子から大学の話をきいたのですが、
相変わらず

【テーマとコンセプトの違い】

を学生が理解できないままに作品を作ってしまっている。という問題が挙げられた。

 

テーマは【主題】、コンセプトは【伝えるための方法論】でしかないとわたしは考えていますが、

それを腑に落として作品を通して語る、というのはとても難しいです。

わたしも在学中はいつも悩んでいた。

 

でも、その難しいことに挑戦させて体得させるのが大学教育なのだから、それが未だにできていない日本の美大ってなんなんだろう?

 

そして、「アートを自主的に学びたいが、どんな本を読んだらいいか分からない」と彼女が言うので、以下の本をお勧めしておいた。

 

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【secret knowledge 】
【美術の物語】
【素手のふるまい】
現代アートの舞台裏】
【アート:“芸術”が終わった後の“アート” 】
グリーンバーグ批評選集】
ユダヤ人と近代美術】

 

日本のアート業界のこと、世界のアート業界のこと、そして紀元前の美術作品から最近の美術作品まで幅広く学べるラインナップ!(というのを意識してわたしなりに選んだ。)

 

まだまだ一年生、勉強のやり方次第ではどこまでも伸びていける。

 

会ったことも話したこともない、共通の知り合いもいないのにわたしに会いに来てくれた木村さん、本当にありがとう!

 

その若さと行動力にとても刺激を受けました。

【「社会」と「普通」ーアートからいちばん遠いところにあった二つの言葉】

 

鷲田清一さんの新刊、『素手のふるまい アートがさぐる〈未知の社会性〉』。

www.kinokuniya.co.jp


まだ序盤しか読んでないけど名著なのは間違いないので、気になった部分を抜粋しておきます。

 

--------------------(以外抜粋)

「社会」と「普通」は、アートの世界からはいちばん遠いところにある二つの言葉だった。

ところが、これらの言葉がいつの頃からか、アーティストのセルフ・プレゼンテーションのなかに散見されるようになった。

わたしの貧しい記憶をたどって言うのだが、表現論においてこの二つの言葉をはじめて全面に押し出したのは、1990年代の川俣正だったのではないかとおもう。

(中略)

 

「綺麗なもの」、「美しいもの」はもういい、それよりも「つねにその場で起こる実際の物事を通してでしか答えられない事柄の中に、アートの、あるいはそうでないものの新たな関係を組み立てること」。

ムードやイメージで同時代を語り、表現するのではなく、アートからうんと距離のある《普通》の場所で、「この時にこの場でしかできない」ことに取り組むこと。

 

他の人たちが抱え込んでいるのとおなじ問題に、おなじ場所から、しかし別のまなざしを挿し込んで、そこから別の「リアル」を立ち上がらせること。

川俣はこれを「サイト・スペシフィック」な行為と名付ける。

---------------(抜粋終わり)

 

サイト・スペシフィックという言葉は、芸大にいたころも良く耳にした。

 

だけどわたしは、《美術大学》や《アートと銘打った企画》のなかで起こるものごとは、一切《サイト・スペシフィックなんかではない》と思っていました。

 

なんでかと言うと、人間って《所属している組織がある》とか《帰る場所がある》って思った瞬間に、ものすごく自分に甘くなるから。

 

確かに人生においてリスクヘッジは重要なことだ。

 

でも、それが良くない方向に作用するとろくなことにならない。

 

外に出て普段会わない人と交流して何かを成しても、いつかは《大学》や《アート業界》という《安全な場所》に帰れる。

 

その甘さを捨てて裸一貫で飛び込んで成果を出す、という意気込みがない限り、その人のやったことは真の意味でサイト・スペシフィックな行為にはなりえない。

 

お客さま扱いされてなんとなく持ち上げられて終わり、だなんて、アーティスト側にも受け取る側にも良い結果はもたらさないでしょう。

 

だからわたしは大学院に行かなかった。

 

自分の中の甘さを捨てられないと、誰のことも救えない。

そんな自分は絶対に許せないと思ったから。

 

で、アートの世界から離れて美容の業界に入ると決めた。

ある意味、アート(美術)と美容は似ている。

 

《美》という原価のないものに値段を付けるのにはとても複雑なロジックが必要で、条件がそろえば、とてつもなく高額な商品にもなりうる、という点も同じだから。

 

《美》を《お金》に変換する《商売人》というのは、いわば錬金術士。

わたしはその錬金術に魅せられていたので、2年ほど美容の修行をしたあとさっさと個人事業主になって小さく起業し、自分の店を作った。

 

自分の錬金術でももって《美》を売るのはとても面白い!

 

そして、やはり自分の場所を作ったからにはサイト・スペシフィックなことをしないではいられない。

 

そして、去年の末に自分にある約束をした。

『来年は、一年で4つ美術作品を買おう。
そしてそれを季節ごとに店に飾って、お客さんにどんな影響があるか試してみよう。』

と。

 

で、何とか経営もまあまあ順調に進み、お金の問題をクリアできたので本当に4つの美術作品を買うことができた。

 

店の利益を爆発的に上げることはできなかったが、
とりあえず赤字ではないこと、自由にのびのびと働けていること、
そして作品を一年で4つも買えたことにひとまず満足している。

 

わたしは美容業界に、アーティストとしての感性をどんどん注入して新しい価値を形成したいのです。

 

そのためには、これからもっともっと大きなお金を動かせるような自分にならなきゃいけない。

 

ならば必然的に、お客さんにもっと支持してもらわないといけない。

 

ハードルはどんどん上がるけど、越えれば越えただけお金の流れが大きくなると知ってる。だから頑張れるんだ。

 

アートとは、業界の中の小さいコミュニティに押し込んでおいたらいずれか腐ってしまうものだと思う。

 

なぜなら人間と同じく、常にナマモノだから。

わたしは自分自身も自分の作品も腐らせたくない。

 

だから徹底的にサイト・スペシフィックな生き方にこだわっていくよ、これからも!

 

 

 

暴力を芸術に昇華するという愛情。

世の中には、『特定の誰か』を愛することができない心の持ち主がいる。

 

そんな人は、他人を暴力で傷つけてしまいそうな自分を恐れていて、どうにか暴力以外でその衝動を押さえ込んで生きている。

それが、例えば絵を描くことだったりする。

---------------

 

わたしの周りには、膨大な狂気を絵に昇華することでなんとか人間性を保っている人が何人かいる。

 

その中でも飛び抜けて個性的な絵を描いていた同い年の友人が、大学時代にいた。

 

学校で会えば他愛もない話をしたし、わたしが学外で展示をしたときははるばる訪れてもくれた。

 

柔和で穏やかで親切で、誰にでも優しい。

彼と会ったことがある人はみなそんな印象を持ったと思う。

そしてみんなが、そんな彼の人柄と絵に魅了されていた。

 

彼本人に聞いた話だが、どうやら自分から人を好きになったことはないそうだ。

 

『なるほど、誰のことも好きにならないから、誰にでも優しいのね。』

 

と、わたしは驚きもせずただ納得してその話を聞いていた。

 

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そして彼は25歳の夏に海で亡くなった。

 

わたしはその知らせを聞いて、心底動揺したし、本当にショックだった。

 

別に彼が誰のことも好きにならない人間であったとしても、そんなことお構いなく、わたしは彼のことがとても好きだった。

 

…その一方で、わたしの夫は彼の絵も、彼自身のことも嫌悪していた。

 

『あいつの絵には暴力性が詰まってる。彼は人間を人間としてみてないよ。

暴力を振るいたがってるのが分かるから嫌なんだ。』

 

夫はわたしが彼に好意を寄せていることに嫉妬していたそうだ。

だから余計に、嫌悪の感情に火がついたのだろうか…

 

彼が亡くなったときにはわたしの悲しみなどお構いなく、彼を貶めるような言葉を平然と吐いていた。

 

わたしは、夫のその言葉がいまだに許せない。

もう一年以上前のことなのに、大切な友人を侮辱されたようでずっと腸が煮えくり返っている。

 

夫は、彼が暴力性を抱えている人間だから何を言っても良いと思ったのだろうか?

 

わたしは彼から暴力をうけたことなんて一度たりともないのに、

夫は彼の暴力性を理由に、わたしの心に暴力をふるった…。

 

わたしはただ、彼を失った悲しみを純粋な悲しみとして夫に受け入れて欲しかった。

 

『大切な友達がいなくなって、寂しいね。』

 

と、ただ抱きしめてもらいたかった。

 

これだから嫉妬は恐ろしい。

 

まだ誰にも暴力を振るっていない人間を、『暴力をふるう可能性があるから』という理由で責めるのだから。

 

そして結果的には、最愛の妻であるわたしを傷つけているのだ。

 

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最後に、彼が『誰のことも好きになったことがない』と言っていたことについて触れておきたい。

 

誰のことも愛せないというのは、わたしの夫にしてみれば暴力性ということになり、とにかく非人間的で好ましくない状態のことらしい。

 

だけど、彼は本当に誰のことも愛していなかった?

 

いや、そんなことない。

 

彼はたしかに、特定の誰かを好きになることはなかったし、底知れぬ暴力性を秘めていたかもしれない。

 

でも、彼が絵を描くことでその衝動を他人に向けないで済むようにしていたこと自体、万人に向けての愛じゃないか!

 

だからみんな彼のことが好きだったんだ。

 

狂気を狂気のままにせず、芸術に昇華して自分も周りの人も守ろうとするその優しさを、みんな感じていたでしょう?

 

そして、彼は最後まで誰に暴力をふるうことなく亡くなっていった。

 

近いうちに、彼が亡くなった瀬戸内の海へ行って彼のために祈りたい。

 

私の親愛なる友人へ。

 

あなたから受け取った愛は計り知れない。

わたしはあなたから、どんな人間に生まれついても人を愛するということを諦めない気高さを教わった。

 

一緒に過ごせた数少ない日々のこと、あなたのいつも変わらぬ笑顔、綺麗な眼、謙虚な話し方。

 

その全てをわたしは忘れないよ。

 

だからどうか、今はただ安らかに。

 

 

『弱者』を多角的に捉えてみる。

 

『自分の弱さを自分が肯定してしまったらもう生きられない』

 

という不安に支配されてた時代がようやく終わり、

 

『別に弱いままでも生きていけるんだ!』

 

ということに気がつくことができた2016年。 ある意味で、わたしは相当な強さを手に入れたのかもしれない。

 

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今日は、自分で見つけた情報や夫が見つけてくれた情報をたくさん読み漁った。

夫と話をしていると、いつも『弱者と強者』の話題になる。

 

私と夫の力関係は、夫が強者で私が弱者。

 

だけど、果たして本当にそうなのかな?

 

そんな素朴な疑問から、主に弱者についての情報を集めました。

 

まずは、キリスト教における弱者の定義。↓

 

弱さを誇る

 

http://www.geocities.jp/kihara0918/yowasanogyakusetsu.html

 

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次に、イスラム教の弱者の定義↓

 

ameblo.jp

 

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そして最後に、うつ病患者としての弱者の扱いについて。↓

diamond.jp

 

 

キリスト教における弱者】
イスラム教における弱者】
【現代における鬱病患者としての弱者】

 

それぞれの視点が興味深い。

 

あらゆる宗教や時代感覚を比較してみて思うのは、
現代は、みんな弱さに対して悪いイメージを持ちすぎ。

 

ということ。

 

ちなみに、わたしなんて昔からとてつもなく豆腐メンタルで基本的に幸福感を感じるのは年に数回もありませんけど、

 

『なにかそれって問題あるのかな?だってわたし、別に幸福になるために人間やってるわけじゃないし。』

 

っていうスタンスできました。

 

だから、常にネガティヴで鬱傾向なのは自分で選択してきた『個性』だと思ってる。

 

ゆえに、自分の弱さを無理矢理になかったことにしてしまった途端にアイデンティティが語れなくなる。それはわたしの尊厳に関わる大問題だ!

 

(でも夫からしてみれば、わたしは立派な鬱病患者だから早く薬物治療をしたほうがいいそうだ。

薬物でもってわたしのアイデンティティを壊されるのはごめんだから、絶対に病院にはいかないけど。

だっていまのところ日常生活も仕事も普通レベルには送れているのにだよ?

 

薬物治療を安易に始めるのはとてもリスキーだ。

治療は、わたしが本格的に自殺未遂でもしてから考えていただきたいところです。)

『自殺する運命を背負って生まれる人もいる。』わたしを救ってくれた恩師のことば

わたしが高校生になり、芸大を目指しはじめて最初に油絵を教えてくれた先生は牧師の息子でした。

 

わたしは当時ミッションスクールに通っていたので、たまたま自分の先生がキリスト教徒だと知ってとても驚いた。

 

いつも飄々とした雰囲気で、愛想笑いはしないけどとても愛情に溢れた人。

 

そして何より、心から思っていることしか言わないところが大好きだった。

 

わたしは彼のことを心の父として慕っていて、とても色々なことの相談に乗ってもらいました。

 

彼にもらった言葉の中で、いまもわたしの中に生き続けているものがある。

 

わたしが、

 

『愛してる人が目の前で苦しんでいて、もしかしたら遅かれ早かれ自殺してしまうかもしれない。

なのに、自分にはその人を助けられる力がない。

それがとても辛いのだけど、どうすればよいのですか?』

 

ときいたら、

 

『人間には、もともと自殺する運命を背負って生まれてくる人もいるんだよ。

だから、それは仕方のないことなんだ。』

 

先生は、わたしに対して、

『だから君が苦しんだり責任を感じる必要はないんだよ。』

と、伝えようとしてくれたんだと思います。

 

わたしは生まれてこのかた、この切迫した悩みにここまで痛快な答えを出してくれる人に会ったことがなかった。

 

そして、ずっとずっと苦しかった思いがすっと消えていくのが分かりました。

 

『そうか、人は人を救えないことがあるんだ。』

 

そう教えてもらい、わたしもまた自分の人生を生きる覚悟を決めることができたのです。

 

先生のその言葉は、わたしがしんどい局面にぶち当たるといつも心の中に響いてきて、

生きる勇気をくれます。

 

いままでたくさんのひとからたくさんの言葉をもらったけど、

この言葉ほど、わたしを救ってくれたものはありません。

 

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生きるって本当に難しい。

年間3万人が自殺している日本。

 

(遺書がない不審死を含めれば、その数は10万人にものぼります。

わたしが住んでる千代田区なんて人口4万人だから、毎年、千代田区の人口✖︎2くらの人が自殺しているということ。

本当に深刻な問題だと思う。)

 

いまこの時も、たくさんの人が生きることに苦しんでる。

 

でも、その人が背負って生まれてきたものなら、苦しみさえまるごと包み込んで認めてあげることが愛情なのかもしれない。

 

(まあ、その苦しみを受け止めるというのは、当然相当な苦しみを伴うことになるんですけどね。)

 

というか、苦しみ=悪いこと、消すべき感情

 

っていう図式を押し付けるのは、本当によくない。

 

苦しむこと、死にたいと思うこと、結果的に自殺すること…

 

それら全ては単なる出来事なんだから、受け止める側には『可哀想』フィルターを勝手につけないでいただきたい。

 

どんな人生でも、どんな死に方でも、きっと彼らや彼女らは自分の人生を全うしたのだから。

 

ただただ、わたしは心からみんなの魂が安らかであることを祈っています。